たまには何もしない日があってもいいじゃないか

雑記

「何もしない」をしています。

みなさん、どのような日曜日をお過ごしですか。

私は、久々に「誰とも会わずに一日中家にいる日」を満喫中。家族も出掛け、家には私とワンちゃんの二人きり。ああ、最高。こんな1日を機に、「何もしないこと」についてゆるゆる、とめどなく考えてみた。

私たちが1日に触れる情報量は、江戸時代の人々の一生分

気が付けば、新しい情報はいつでも手のひらのスマホから手に入る時代。私たちが触れる情報量は、なんと江戸時代に生きた人々の一生分に値するそうだ。一生分って。そりゃ、私たちの頭の中はいつでもぎゅうぎゅうなはずだ。

リラックスは「買う」ものになったのか

誰もが、いつでもリラックスしていたい。けれど、満員電車では身体に力が入り、会社では評価が下がるんじゃないかと他人の目を気にして仕事し、SNSでは自分より先を行っている人たちにうらやましくなり。四六時中、何かしらの緊張を抱えっぱなしだ。

最近の「リラックス」にはお金がかかる。

リラックスするために、わざわざお金を払ってマッサージやヨガスタジオに行ったり、瞑想アプリをダウンロードしたり。わざわざ、その「場」に行かないとリラックスできない、という考えに取り憑かれてしまっている。リラックスは、もはや課金しなければ手に入らなくなったのか?

私たちは常に何かに追われている

今の時代、主体性を持って「何か」をしなければ、人間の山にどんどん埋もれていく。追われるようにして、私たちは常に予定を入れて、人と会って、自己研鑽して。もう本当に、休む間がない。

でも、これって本当に人間らしい生き方なのかな。

自己研鑽は素晴らしきこと。でも、義務感から自己研鑽するのは、それって本当に自己研鑽なのか?「やらされ自己研鑽」じゃないのか。

うーん。生きていくって、ストレスの連続なんじゃないか、と思わされる。

「何もしない」の効能:脳みそがクリアになる

今日1日「何もしない」をしてみた結果、私の頭の中はすごくクリアになった。余計な雑音が流れてこないから、いつもは浮かんでこない思考がポコっと浮かんでくる。

常に「何かしなきゃ」に追われて、生産性を高めるのも、素晴らしいことだと思う。

だけど、適度に脳みそを弛緩させてあげることで、普段はストレスという上澄みで見えなくなっていた、深層に沈んでいたアイディアが浮かんできたりするかも。

『リラックマとカオルさん』予告編 -Netflix [HD]
Netflixの「リラックマとカオルさん」10分程度のショートムービーですが癒されます。

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